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■ もっともっといばらき リポート138 土浦市立博物館(2)2008. 4. 5

訪問日;2008.4.4

土浦市立博物館」では“土浦SAKURAめぐりスタンプラリー”のスタンプを押してもらって、開催中の第29回企画展「土浦桜物語〜サクラに読みとく土浦近代史〜」を見学。

第T章 磯部桜川の桜−土浦「桜川堤の桜」誕生以前@
桜川というのは桜川市の鏡ヶ池というところを源として、筑波山の西方から南方を流れて、土浦で霞ヶ浦に注ぐ川。この桜川の上流にある磯部稲村神社界隈は桜の名木が多く、国の名勝に指定されているんだって。知らなかったなあ。

平安時代にはかの歌聖紀貫之が桜川の風情を歌に詠み、後撰和歌集(ごせんわかしゅう)に収められている。
さらに、室町時代には世阿弥(ぜあみ)が謡曲「桜川」を生み出した。
物語は聞いたことあるんだけどさ、ここの桜川の話とは・・・。知らなかった〜!
この謡曲「桜川」の物語も展示で紹介されているので、是非、見に行って!

第U章 江戸時代〜明治時代の花見−土浦「桜川堤の桜」誕生以前A
このころの花の名所は小松勢至ヶ丘の二十三夜尊と真鍋台の総宜園というところだった。

ここで、“佐久良東雄(さくらあずまお)”という人物が紹介されている。
桜田門外の変で水戸藩の浪士をかくまったために幕府に捕らえられ、獄中死した。国学の普及にも力を入れた人物なんだって。
とっても桜の好きな御仁だった。名前まで“佐久良”と名乗るくらい。そして、桜に関する歌も数多く詠んでいる。

第V章 土浦「桜川堤の桜」の誕生−名実ともに真の桜川へ
桜川にはもともと桜は植樹されていなかった。それが明治末期になると、桜川の堤防にあった道祖神社をお参りして妻の足が治ったことに喜んだ邊田くめぞうという人物が、神社へ桜の寄進をした。
それ以来、いろんな記念事業があるたびに、桜が植えられてきた。
やっと、名前だけの桜川じゃなく、ちゃんと桜の名所としての桜川になっていったんだって。

第W章 遊覧都市・土浦へ
昭和に入ると、土浦の桜川堤には東京などからも観光客が訪れ、筑波山、鹿島神宮、海軍予科練、水郷などの周辺の観光地とともに遊覧都市へと変貌していく。
桜川の花見では、遊覧船やボートに乗り、水上から桜を眺め、また、雪洞の灯りで夜桜を楽しむ。こんな、お洒落な楽しみ方をしていたみたい。風情あるよね。

第X章 その後の土浦桜川堤
残念なことに、戦時中、桜川堤の桜の多くは治水工事に伴い伐採された。
若木はかろうじて土浦海軍航空隊(予科練)に移植されている。
ここでは予科練と特攻機「桜花」についての展示もある。大型飛行機に搭載された「桜花」と呼ばれるいわゆる人間爆弾。悲しく、暗い歴史の一部です。
先ほどの佐久良東雄も桜とともに、日本精神を昂揚させるものとして取り上げられていたんだって。

さて、「上高津貝塚ふるさと歴史の広場」との共同で行われる「2008年土浦歴史クイズ王」というクイズラリーがあって、小学生が参加できる。
それぞれ10問クイズに答えて合格すると記念品がもらえるというもの。もちろん、参加。
こういうのがあると、展示のポイントがわかっていいよね。
クイズは企画展から出されている。特にトピックスをよ〜く読んで答えてね。

企画展は5月6日(火)まで。
写真などで、ちょっと前の土浦の様子がよくわかり、面白い。
土曜日は高校生以下入館料無料なので、是非、おでかけしましょ。

「上高津貝塚〜」にも行くし、スタンプラリーもあるので、常設展はパス。