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■ もっともっといばらき リポート330 茨城県立歴史館(9)2011. 7.16

訪問日;2011.07.16

茨城県立歴史館」では、テーマ展V“佐竹氏と正宗寺−常陸北部の禅宗文化”が開催されている。
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佐竹氏は源氏の流れをくむ。
平安時代の後期ぐらいには常陸北部を支配し、大掾(だいじょう)氏との姻戚関係をもとに強い勢力基盤を築いていた。常陸国の有力豪族だったんだねえ。
でも、鎌倉時代には不遇の時代を過ごし、室町時代に入ると“関東八屋形(第3代鎌倉公方の足利満兼より関東の8つの有力武家に屋形号が与えられた。)”の一つに列せられるも佐竹氏の勢力基盤は脆弱で、内紛などもあって戦国時代に突入した後も佐竹氏の常陸統一は困難を極めた。

その後、第18代当主佐竹義重の時代に佐竹氏は小田氏などを次々と破り、常陸の大半を支配下に置くことに成功した。
これで佐竹氏は戦国大名として飛躍したんだなあ!義重時代には領地をどんどん拡大し、子の第19代当主義宣時代にも豊臣秀吉の小田原の役に参陣し、太閤検地の結果、常陸54万石の大名として認められるにまで至った。
ところが、関が原の戦いで中立の立場を取ったばっかりに、義宣は減封の上、出羽国(現在の秋田県)に国替えを命じられてしまう。

佐竹氏と常陸国とのかかわりはここまで。このあたりのことをざっと頭ン中に入れて、展示を見てみましょう。
古くは平将門、江戸時代には水戸徳川家。で、その間の時代、茨城はどうなっていたんだろう。有名な戦国武将っていないんじゃあ???なんて思っていたけど、いたんだなあ!勉強不足でした。

ほとんどが正宗寺(しょうじゅうじ)所蔵の品々です。正宗寺は常陸太田市にある臨済宗のお寺で、創建は南北朝時代。佐竹貞義の庶長子・月山周枢(がっさんしゅうすう)が正宗庵を創建し、その弟の佐竹義篤が正宗寺と改めたそうです。
また、雪村(せっそん)の絵が多い。雪村は佐竹氏の一族なんだって。へえええ!

この他、資料史料紹介展“茨城の常磐炭田”も開催されているし、一橋徳川家記念室展示は『文書』になっている。また、“ちょっと昔のくらし”コーナーではちょっと昔の夏の風物詩が中心で、蚊帳が張られ、中に入ることができるようにもなっている。

最後は外に出て、庭園奥の蓮池に行く。結構歩く。暑い。
途中坂道!下り坂、結構急だ。水車小屋もある。
蓮の花、夕方だから閉じている!!!
ちょっと残念でした!
それでも子どもたち、ショウリョウバッタを見つけ、喜んでいました。よかったよかった!