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■ もっともっといばらき リポート388 茨城県立歴史館(14)2012.11.25

訪問日;2012.11.24

茨城県立歴史館」の特別展T“霞ヶ浦と太平洋のめぐみ−塩づくり−”。もっと早くに行く予定でしたが、展示期間終了間際になってしまいました。

塩は生きていく上でとても大切なもので、霞ヶ浦(内海)と太平洋(外海)を有するここ茨城でも、古くから塩づくりが行われていた。どれくらい古いかっていうと、およそ3000年前から。縄文時代だよ!
縄文土器は粗製縄文土器と精製縄文土器とがある。前者は主に調理用に使われていた単純であまり文様がないが、後者はきめ細かな粘土を使った、薄手で縄文などの文様がつけられている。
1960年、桜川村(現・稲敷市)の広畑貝塚で、これらと異なる特徴を有する土器が発掘される。薄く、文様がなく、表面をヘラ状の工具で削った跡が残っていた。粗製土器と精製土器の特徴が見られないことから、これを第三の土器と呼ぶ。瀬戸内地方で弥生時代から平安時代にかけて見られる製塩土器に特徴がとても似ていることから、この第三の土器も製塩土器ではないかと考えられる。
破損して出土する。加熱効率を良くするため薄く作り、火によって破損する。そして、内側についた塩を取り出すときに意図的に割る。こういった事情から破損して出土するらしい。
この頃の塩づくりは、天日や海草、砂などを使った方法が考えられている。天日を使う方法は、まず汲んできた海水を2週間程度天日で干して、濃い塩水(鹹水・かんすい)を作る。それを強火で煮詰め、減ったら鹹水(かんすい)を足して、・・・を繰り返す。アクをすくい、その後弱火で煮詰めると土器内面に塩などの白いものが付着する。塩の結晶だあ!
尚、霞ヶ浦沿岸の広畑遺跡や法堂遺跡(美浦村)は日本で最も古い塩づくりが確認できる地域だそうです。

2000年前ぐらいになると、瀬戸内あたりで塩づくりが始まり、製塩炉なども遺跡から発見されるようになる。農業の合間に行っていた塩づくりだったけど、塩づくりに特化したムラも出始める。
霞ヶ浦周辺の塩づくりは、縄文時代の終わり頃には痕跡が見られなくなる。霞ヶ浦がしだいに淡水化しちゃったからね。もっとも、中央部まで淡水化するのは1500年代ころで、奈良時代には場所によっては塩づくりが行える塩分濃度だった。その後、平安時代ぐらいには、外海、つまり太平洋沿岸での塩づくりへと移って行く。
県内では、この時期の製塩炉など、塩づくりの痕跡は見つかっていないものの、常陸国風土記には「藻塩焼(もしおやき)」の様子が記され、奈良時代から平安時代にかけて常陸国でも塩づくりが行われていたことが示されている。また、塩づくりに関係した土器と考えられるものは見つかっている。
「藻塩焼」は、塩づくりにアマモなどの藻を使う。海水につけたアマモを乾燥させ、焼く。その焼いたアマモの灰を海水に溶いて鹹水(かんすい)を作り、煮詰めて出来上がり。こうしてできた塩は、海藻の色で白くない。
遺跡や書物、絵図などから塩づくりの様子が伺えるほか、塩づくりは神事としても今日まで受け継がれてきている。宮城県塩釜市の鹽竈(塩釜・しおがま)神社が行う藻塩焼神事がそれ。こちらはアマモではなく、ホンダワラという藻を使って塩を作るようです。

中世から近世にかけての塩づくりやムラの生活の様子は、太平洋沿岸の砂丘地帯から発見された沢田遺跡(ひたちなか市)や村松白根遺跡(東海村)などで伺える。
このころの塩づくりは揚げ浜式と呼ばれるもので、現在でも能登半島で行われている。

展示のあらましでした。


食べ物を海水で煮たら、川の水で煮るよりなんかうまいんだあ!いい塩加減!
何度も土器で煮炊きしているうちに、土器の内側に何やら白いものが!!!塩っ辛いよ〜!
縄文人のインスピレーション!これが旨さの秘密だ!
なんとかしてこの白いもの、取り出せねえべか?
どうも海水を煮詰めると出てくるようだ。
だけど、ただ煮詰めたんじゃ、ほんの少ししか取れない。たくさん取るにはどんだけ薪使う?縄文の森の薪はとても貴重なもの。どんどん燃やして森の木がなくなっちまったら、森の恵み、どんぐりもなくなっちまう!どうすっぺ?
水を汲んで置いといた。水が減ってる。なんだ、水は自然に減るんだ!お日さまに当てておくと、もっと減りが早い。これは使える!濃い塩水を作っておき、それを煮詰めていけば薪も少なくて済むべ。


何もないところから、経験や洞察力で産み出していく。恐らく、現代人よりもそういった能力は縄文人の方がはるかに優れていたのでしょう。私たち現代人は海水を煮詰めれば塩が取れることは分かってはいるけどね。
そんな感じで、何百年もの間、経験に基づき、洞察力を駆使し、試行錯誤を繰り返しながら縄文時代の塩づくりが始まっていったのかなあと、勝手に想像してみるのでした。そして、縄文人の科学に感心するのでした。