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■ もっともっといばらき リポート358 茨城県立歴史館(12)2012. 4.16

訪問日;2012.04.15

茨城県立歴史館」のテーマ展T“弘道館と偕楽園”を見に行ったよ。
朝から生憎の雨。前回の水戸訪問も雨。天気に恵まれないなあ!

チラシ等によると、「弘道館」は1841年、「偕楽園」はその翌年に開園。徳川斉昭みずから「学校(弘道館)ができた上での偕楽園でなくてはならない」と述べたそうで、弘道館も偕楽園も、相互に補完する教育施設として計画された点に大きな特色があるそうです。
弘道館で緊張して、偕楽園でリラックスする。両者がそろって優れた人間を育てる。のだそうです。ああ、こういうの、大事だよねえ。

現在水戸市では、「近世の学問・教育遺産群」として、弘道館・偕楽園と他市の3資産とともに、世界遺産への登録運動がすすめられている。
ちなみに、他の3資産は栃木県足利市の足利学校、岡山県備前市の閑谷(しずたに)学校、大分県日田市の咸宜園(かんぎえん)で〜す。
茨城県のユネスコの世界遺産登録は「日立風流物」(参照;もっともっといばらきりポート143)と「結城紬」(参照;もっともっといばらきりポート182)の2点(いずれも無形文化遺産)。弘道館や偕楽園が登録されれば、無形以外の世界遺産としては茨城初になるのかな?

展示は“弘道館記述義草稿”や徳川斉昭自作の和歌が刻まれた“要石碑拓本”、弘道館や偕楽園に梅が植えられた経緯を記した“種梅記碑拓本”、色鮮やかな“好文亭四季模様之図”など。弘道館や偕楽園に縁の品々を見ることができる。

特筆すべきは、医学館の設置。
テーマ展の解説シートによると、
「外国と通商するようになると、奇を好む日本人の弊害が助長され、何でも外国品がよくなり、薬でも日本産のものを捨てて、かえりみないのは何たることか。外国の薬は高価であるから、富貴の人でなければ手に入らない。だが高貴の人だけが長命で、貧賤の人が短命だ、ということは聞いた事がない。(中略)結局外国品を買う資金があるならば、金を外国に渡すよりは、その金を使い、良薬を国内で製するのがはるかによい」
と、徳川斉昭は「賛天堂記」に記しているそうです。まったくそのとおりだ!
そんな理念の下、病人が願い出れば藩の医者に治療させ、薬は無料。医者は修業したければ自由に学べる。製薬局や調薬局などを作り、なんと、種痘も実施しているんだよねえ。牛痘の接種においては、薩摩藩から種を入手して、費用は藩負担で医者を巡村させている。
こういうところって、もっと注目されてもいいんじゃないかなあ!

天気でもよければ、このあと弘道館と偕楽園の桜でも見に行きたかったけど、朝から雨がシトシト降っていてねえ。残念だ!
一橋徳川家記念室の“武具・刀剣”を見て、雨に濡れた桜を見て、歴史館は終了で〜す。

そうそう、京都・東山の幕末維新ミュージアム「霊山(りょうぜん)歴史館」というところで開催する“水戸学が開いた維新への道 幕末の精神をたどる”という特別展のポスターが館内に掲示されていた。
幕末から維新にかけての歴史の舞台の一つとして京都が取り上げられることは多いけど、その維新の原点は水戸学なんだよねえ。あんまり、注目されてこなかったけどさあ。水戸学の精神を受け継いで活躍した他藩の方々は取り上げ方大きいのにさ!まあ、京都で水戸学を取り上げた展示が行われるのは良いことだ!
で、これ、「清水寺」の近くだ。4日に行ったばっかりだあ!(参照;ちょっぴり県外70
ああ、でも、4月11日からとある。どのみち、見られなかった・・・。