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■ ちょっぴり県外85 大英博物館 古代エジプト展(東京都港区六本木)2012. 8.17

訪問日;2012.08.05

今年はエジプト流行なのかなあ?「大英博物館 古代エジプト展」は森アーツセンターギャラリーで開かれている。
死者の書がメインで、たくさんの死者の書を見ることができる。しかも、37mという超長〜い死者の書も見られる。

まあ、中の写真も撮れないので、ちと予備知識、掲載しときます。

古代エジプト文明。ナイル川流域に発達した文明で、四大文明の一つです。
今から約5000年前(紀元前3100年ごろ)、ナイル川下流域の下エジプトと中流域の上エジプトが統一され、第一王朝が始まる。
古王国時代、ギザに三大ピラミッドやスフィンクスが作られ、大繁栄するも、異民族にヒッタイトに下エジプトが支配される時期もある。
その後、新王国時代にはトトメス三世のもと、エジプトの領土が最大になるも、紀元前343年にはペルシャの支配下に入り、アレクサンドロス大王の支配下に入り、クレオパトラで有名なプトレマイオス朝になり、紀元前30年にはローマ帝国の支配下に入る。ローマ帝国支配下では、それまでの多神教から一神教のキリスト教になるんですねえ。
そして641年、イスラムの支配下になり、アラビア語が用いられ、現在に至るわけです。

死者の書に書かれているのは復活の呪文。
もともとは王族のピラミッドの内壁に記され(ピラミッド・テキスト)、次第により遺体に近い棺(コフィン)に記されるようになり(コフィン・テキスト)、第17王朝の頃にはパピルスに記され、遺体とともに埋葬されるようになる。これにより、死者の書は一般の人にも広まっていく。
古代エジプト人には死後の再生・復活が信じられていて、生前の行いが悪いと死後の世界で復活できず、“第2の死”と呼んで恐れていた。だから、復活に必要な呪文がとっても大事で、パピルスの巻物にして、ミイラと一緒に墓に入れたんですねえ。

グリーンフィールド・パピルスは世界最長の死者の書。女性神官ネシタネベトイシェルウ、という舌をかみそうな、たぶん覚えられない名前の方のために作られたものだそうです。
死者の書には呪文だけでなく、復活を遂げるための過程が示されている。
まずは死者の肉体をミイラにする。人間の行いは心臓が支配すると考えていたので、心臓はミイラに残すけど、肺、胃、腸、肝臓はカノポスと呼ばれる容器に入れて保管する。何故か脳は大切にされず、・・・。
次に口開けの儀式を受けて、死者のバーは肉体を離れて自由に動けるようになり、カーも墓の供え物を受け取りにいけるようになる。ミイラになった死者の肉体は墓に葬られる。は〜い、バーだのカーだの、何なんでしょう?人間は肉体、バー、名前、影、カーの5つの要素から構成されていると考えられていたそうです。
地平線上の太陽神ラー・ホルアクティを礼拝して復活の祈りを捧げる。
オシリス神の館を目指す旅に出る。船に乗ることもある。ここで、旅をじゃまするワニやヘビが現れる。これを死者の書に書かれた呪文で退治するわけです。
で、オシリス神の館に到着すると、審判が待っている。42ヶ条の罪の否定告白、わたしは〜しませんでした、と告白しなければならない。そして、その告白が真実かウソか、アヌビス神がオシリス神の前で死者の心臓を天秤にかける。心臓が正義と真実の女神マアトの羽根とつりあわないと、なんと、死者の心臓はアメミトと呼ばれる怪物に食べられてしまうんですねえ。そうなると、復活できない!!!“第2の死”。古代エジプト人がとっても恐れていた事態になっちゃうんですねえ。
審判によって復活を遂げた死者は、楽園「イアルの野」というところで暮らせるようになるんです。生きていた頃と同じように、農業をしながら、永遠の生命を生きられる、ってわけです。

死者の書に使われているのはヒエログリフという文字。エジプトが統一される前に確立されていたもので、漢字のような表意文字とひらがなのような表音文字からなる。
このヒエログリフを書けたのは神官などごく一部の人。識字階級は特権的エリートで、書記という職業は地位も高く、憧れの職業だった。もちろん、簡単になれるものでもない。
ヒエログリフは後に、より簡単にしたヒエラティック(神官書体)という表音文字になっていく。

音声ガイドもジュニア用が用意され、ショップでジュニアガイドも購入できるので、子どもの来場も視野に入れているのでしょう。
古代エジプト人の死生観を垣間見ることができるので、お勧めの展示です。