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■ ちょっぴり県外97 東京国立博物館(9)(東京都台東区上野公園) その12013. 2.10

訪問日;2013.02.09

東京国立博物館」です。2つの特別展が開催中です。
1つ目は日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年 特別展“書聖 王羲之”、2つ目は東京国立博物館140周年 特別展“飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―”です。
今回は特別展それぞれのチケットが必要で、それぞれを前もって購入しておき入館。

特別展“書聖 王羲之”から。
王羲之(おう ぎし、303〜361、異説あり)。
東晋時代に活躍し、“書を芸術にした男”です。図録によると、“代々能書(のうしょ)が輩出する名家に生まれた王羲之は、書の深遠な作法を充分に意識しながら、伝統的な書法にとらわれない、時代を先取りした表現を完成させ、豊かな思想を内在させるとに成功した。”そうです。
書道の世界では超有名。よく臨書しました〜〜〜。


序章 王羲之の資料

まず、「十七帖(じゅうしちじょう)」が展示されている。「十七帖」は王羲之晩年の手紙29通を収めたもので、唐の太宗皇帝の時代に、書の手本として編纂された著名な法帖。
また、王羲之の人間的側面を伝える逸話が収録されている「世説新書(せせつしんしょ)」という資料も紹介されている。


第一章 王羲之の書の実像

超有名な王羲之ですが、真跡は一つも現存しないそうです。戦乱とかでさ・・・。
で、王羲之の字姿を伝えているのは模本(もほん)と拓本(たくほん)なんだって。模本の技術は唐の時代に発達し、石などから写し取る拓本の技術は宋の時代に発達したそうです。

模本にはいわゆる臨書という方法もあるけど、今回会場では双鉤填墨(そうこうてんぼく)という方法の実演の様子がビデオで紹介されている。
原本の上に紙を置き、文字の輪郭を正確に写し取り、その中に墨を入れる。コピー機のない時代に、こんな風に作っていたんだねえ。まあ、臨書の場合は書き手の個性が出ちゃうからなあ。その点、双鉤填墨という方法では原本そっくりに仕上がり、王羲之の字姿を忠実に伝えているんだろうね。
今回は世界中で十指に満たない精巧な双鉤填墨の中から、国宝「孔侍中帖(にゅうじちゅうじょう)」、「喪乱帖(そうらんじょう)」、「行穣帖(こうじょうじょう)」、「妹至帖(まいしじょう)」、「大報帖(だいほうじょう)」の5展が展示される。ただし、展示替えあり。「孔侍中帖」と「妹至帖」は見られなかった。図録でがまん。
「大報帖」は今回の特別展に関わる作品調査により新発見されたもの。初公開になる。

ここでは数々の模本や拓本と共に、王羲之以前の書体の変遷、王羲之が学んだ書の古典や師匠の書なども展示されている。


第二章 さまざまな蘭亭序

蘭亭序(らんていじょ)、これも「十七帖」同様、王羲之といえば蘭亭序、という感じのものです。王羲之最高傑作です。
こちらも真跡はない。王羲之をものすご〜く気に入っていた唐時代の太宗皇帝が昭陵に副葬させたから。で、現在残るのは模本のみ。太宗が存世中に作らせた蘭亭序の模本を何度も翻刻し、宋の時代には蘭亭序の一大ブームとなり、ものすご〜い数の蘭亭序が出現しちゃっています。著名な蘭亭序だけでも800本ぐらいあったらしい。

そもそも蘭亭序って何?
以下、図録を引用。


東晋の永和九年(三五三)三月三日、会稽(かいけい)郡の長官を務めていた王羲之は、当時の名士四十一人を風光明媚な蘭亭に招き、禊の儀式を行い、流觴(りゅうしょう)曲水の雅宴を開いた。川の水を引いて曲がりくねった流を作り、名士たちはその両岸に陣取る。上流から酒を満たした觴(さかずき)が自分の前に流れ着くと、觴を取って酒を飲み、一首の詩を作る。詩ができなければ、罰として大きな觴に三杯の酒を飲まされる、文人ならではの雅宴である。
この日、二首の詩を成したもの十一人、一首の詩を成したもの十五人、詩を成せず大きな觴で酒を飲まされたもの十六人であった。王羲之は雅宴の次第を述べた文章を作り、この日にできた三十七首の詩集の序文とした。これが世に名高い蘭亭序である。
蘭亭序ははじめ、美しい自然の中で開かれた雅会の状況を描写し、後半では一転して悠久の時の流れに目を転じ、個人の生命の儚さに思いを馳せる。王羲之は酒が醒めた後、何度も蘭亭序を書き直したが、ついにこれ以上の作は書けず、自ら生涯の傑作と認めて子孫に伝えた。


由緒正しい蘭亭序をた〜くさん見られます。
開皇本蘭亭序、神龍本蘭亭序、定武蘭亭序、・・・といった具合に、系統があるのかな?
それから雅宴の様子を描いた蘭亭図巻や与謝蕪村の蘭亭曲水図屏風なども展示されています。


第三章 王羲之書法の受容と展開

王羲之は後世においても高く評価され、庶民から皇帝にまで愛好される。そして、多くの名士たちが法帖や拓本で王羲之の書を学んでいく。
ここではそういった後世の名士たちの書がたくさん展示され、王羲之っぽいものからかなり個性的なものまで、さまざまな書が見られておもしろい。



しばらく中断していた書道。王羲之の書を見て懐かしく思い、再開してみようかなという気になりました。
最近流行りのパフォーマンス書道なども、新たな風を吹き込む、ってことではおもしろいのかもしれないけど、自分の中では、書道ってこういう古典なんだよねえ。
会話の内容から書道部と思しき高校生のグループをいくつか見かけた。
古典の勉強もちゃんとしてるんだね。
自分が高校生の頃は、ただ書いてるだけ、だったような〜〜〜。



つづく >>